もう一つの偉大な記録

11月21日(土)、佐藤寿人がJ1通算157得点の記録を達成した日、Jリーグではもう一つの偉大な記録が達成されていました。

 

横浜マリノスの中澤佑二が、37歳にして2年連続で全試合フルタイム出場達成! 37歳での達成は、Jリーグ記録だそうです。

 

中澤佑二は、埼玉県北葛飾郡吉川町(現:吉川市)出身ですね。

 

この日、偉大な記録を達成したJリーガーが2人とも埼玉出身というのは、ほんとうに誇らしい限りです。

 

すげぇぞ、埼玉! すげぇぞ、中澤!

 

というわけで、中澤のことが書かれた本やWEBサイトを読み返してました。

 

中澤がサッカーを始めたのは小学校6年生と遅めで、その後、中学、高校(三郷工業)と全くの無名選手。どこのクラブからも声がかからず、高校の部活を引退後は、平日にスーパーでアルバイトし、土日は社会人サッカーの助っ人として活動していました。初めて給料をもらったのがスーパーのアルバイトだったそうで、「お金を稼ぐことの大変さを知った」と語っています。

 

高校卒業後は、プロサッカー選手になることを目指し、1年間ブラジルにサッカー留学し、帰国後には、様々なクラブに自分を売り込み、やっとのことでヴェルディ川崎の練習生として契約にこぎつける。練習生なので、費用をクラブに支払い、片道2時間かけて練習に参加していたそうです。

 

「それが98年のことです。でもまだ練習生ですから、プロになったわけじゃない。運よくプロになれたとしても3年くらいは下積みをして、24、25歳で遅咲きデビューを飾る……というふうに考えていました。すでに人と違う道を歩んでいたので、慌てる必要はないなと思っていました。」

出典:突破論。

その後、99年のプロ契約、Jリーグ新人賞、オリンピック代表選出、日本代表選出、マリノス移籍など、のし上がりながら環境を大きく変えていきましたが、マリノスに移籍した当時のことを以下のように言っています。

 

 

「僕が加入した当時のマリノスには、日本代表選手もたくさんいたし、外国人選手も若手もレベルが高かった。そういう選手たちとの差、違いは感じていました。だから自分を変えていかなくてはいけないと思いました。そしてグラウンドの中で練習できることは限られているので、練習だけでは離されている部分を埋められない。追いつけない部分は私生活の中で補うしかないと考え、食生活の事や生活時間などあらゆることを意識しました。」

出典:突破論。

 

そして、2014年4月のインタビュー記事では、なぜモチベーションが保てるのかということについて、

 

 

「自分が本当にヘタクソだったからですよ。中途半端に上手かったらここまでやっていなかったと思う。満足しちゃって。小学校でも、中学校でも、高校でもちょっとうまかったら、そこまで練習もしなかっただろうし。僕はずっとヘタクソできたから、やるしかなかったんですよね」

出典:soccermagazine ZONE WEB

 

 

なるほど……。

 

ハンデとか苦手があることって、悪いことじゃない

 

ってことですね。

 

 

中澤、「雑草魂」を胸にますます頑張ってほしいです。